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2015年12月01日

【宮田修 アナウンサー神主のため息】数え年を考える

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■なぜ日本人は数え年だったのか、「0」の概念がないためだが奥深い日本人の命への思い

宮田修 アナウンサー神主のため息 今年も間もなく終わろうとしています。歳をとったせいでしょうか最近とみに1年が早く過ぎるようになったと感じます。1歳になったばかりの子どもにとっての1年はそれこそ1分の1ですが、60歳になると1年は60分の1になる。したがって歳をとると1年が早く過ぎるように感じるのだと聞いたことがあります。確かにそうかも知れません。

 最近、数え年で自分の年を言う人はほとんどいません。歳が増えるから嫌がられます。数え年が使われるのは少しでも長生きしたことにしたいと思う亡くなった歳―享年ぐらいでしょうか。

 でも日本人はかつてすべて数え年で年齢を言っていました。しかも歳をとるのは誕生日ではなく、正月でした。間もなく新しい年がやってきます。かつては元日、日本人全員が一斉に一つ歳をとりました。私が子どもの頃、微かな記憶があります。新年を祝う元日の食膳で修はいくつになったのだと問われたのです。数え年には零歳というのはありません。オギャーと生まれた時が1歳です。ということは私は10月の生まれですので生まれた時が1歳で、2か月ほど経つと正月が来て2歳になります。生まれて2か月で早くも2歳になってしまうのです。今ならそんなことおかしいよとおそらく誰にも納得してもらえないでしょう。でも我が国ではかつてはそれが当たり前だったのです。

 なぜ日本人は数え年を使っていたのでしょうか。日本人にはゼロという概念がなく、始まりが1だったからです。さらに歳というのは魂の数を数えるものだと日本人は考えたのです。したがって生まれた時にも当然、魂はありますからゼロ歳ではなく1歳だったのです。そこここからそんなのおかしいという声が聞こえてきそうです。その通りかもしれません。しかし私は少し立ち止まって考えてみました。皆さん我われの命が始まったのは誕生のときでしょうか。違いますよね。母親の胎内で小さな小さな命が芽生えた瞬間です。それからおよそ10か月が過ぎると誕生です。ということは命の始まりは生まれるより前です。もしそのことを日本人がわかっていて命の始まりを起点に数え年を採用していたとしたら何と素晴らしいことではありませんか。そう考えれば母親の胎内にある命も一つの命として尊重していたことになります。

 ご存知の方は少ないかも知れませんが、お腹の中の胎児は人間ですと考え、一人でも多くの命を救いたちと活動を続けている生命尊重センターという組織があります。その機関誌生命尊重ニュースによれば1年間に失われる胎児の命は届出されたものだけでも年間18万人に上り、戦後葬り去られた命は7千万人を超えるそうです。私はびっくりしました。同時に大変残念に思いました。その人たちが生まれていたらそれぞれの人生があったはずです。ひょっとするとその中から素晴らしい人材が育っていたかも知れません。20年前、阪神・淡路大震災に被災したとき妊娠していた方がいます。彼女は産むのは無理だと考えました。しかし生命尊重センターの支援を得て無事子どもが生まれました。その子が今成人しています。この話を聞いて私は感動しました。授かった命を大切にしましょう。子どもは作る物ではありません。授かるものです。同時にわが先人たちが考えた数え年をもう一度見直してみてはいかがでしょうか。

なお生命尊重センターの連絡先は 03−3239−0239です。
メールアドレスです。smile11882000@yahoo.co.jpです。
ホームページです。http://www.seimeisontyou.org/
(宮田修=元・NHKアナウンサー、現在千葉県長南町の宮司)

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提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 11:06 | 宮田修 アナウンサー神主のため息