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2016年09月01日

【宮田修 アナウンサー神主のため息】リオオリンピックで若者を見直す

宮田修 アナウンサー神主のため息 リオデジャネイロオリンピックが終わりました。日本人の一人としてわが同胞の活躍は大変嬉しいものでした。テレビを観ていて好感をもったことがあります。それはオリンピックに出場している日本の若者たちの実にのびのびとした振る舞いです。外国の選手の中でまったく臆することなく堂々としていました。素晴らしいことだとより一層嬉しくなりました。

 かつて私が見たオリンピックでは、日本選手はどことなくオドオドしていました。何か場違いなところに自分はいるような雰囲気が感じられました。本当はもっと力があるのにその場の雰囲気にのまれてしまって自らの実力を十分に発揮することができず負けてしまうのです。残念でなりませんでした。

 しかし今回のオリンピックはまったく違っていました。例えば女子のレスリング、金メダルを取った選手たちの多くは試合終了の直前まで相手にリードを許していました。しかし逆転しました。懸命に頑張るけれども結果につながらないかつての日本選手にはそのようなことはなかったように思います。様変わりの印象を受けました。メダルをかけた試合です。大きな重圧がかかっているでしょう。それを見事に跳ね返し勝利していました。というより私には厳しい練習によって培われた自信を背景に堂々としているように見受けられました。

 最近の若者たちについてあれこれ言う人がいます。私もその一人かも知れません。しかし今回のオリンピックを見る限りでは若者たちはとても健全に育っていると安心しました。何も心配することなく次代を任せられるとさえ思いました。

 次回の平成32年(2020年)のオリンピックは東京で開かれます。50年以上前に東京で開かれたオリンピックのことを思い出しています。昭和39年(1964年)に開かれました。私はその時、高校生でした。戦争に負けて19年しかたっていないのに日本は見事にこの大会を成功させたのです。日本人全員に自信を与えてくれた大会であったと思っています。

 しかしこのオリンピックの後、今なお忘れることのできない悲劇がありました。マラソンで銅メダルをとった円谷幸吉(つぶらやこうきち)選手です。円谷選手は、ゴール寸前でイギリスの選手に抜かれましたが、見事に銅メダルに輝きました。当時、全国民の喝さいを浴びたのです。そして直後から次のオリンピックではより良い結果をと大きな期待を背負うことになりました。彼は懸命に頑張ったはずです。しかしその期待に応えられないと思った時「疲れ切って走れません」と遺書を残して自ら命を絶ったのです。私は円谷さんが大好きでした。苦しさに耐えながらひたすらゴールを目指す彼の姿に、当時将来への不安いっぱいだった自身を重ね合わせて大変に励まされました。気の毒なことであったと今でも残念でなりません。

 私は、リオデジャネイロでのびのびと競技を続ける日本の選手たちを見ながら円谷幸吉さんを思い出していました。円谷選手にも今の選手たちと同じようにのびのびと走らせてあげたかったと思います。同時に今の日本人の若者たちにはそういう時代にマラソンに打ち込んだ彼のことを記憶にとどめておいてほしいと思っています。

 今回のオリンピックの日本人選手の活躍は、申し分ないでしょう。しかし私は少し気になったこともあります。それは個人競技のメダル獲得が多いのに対してバレーボール、サッカーなど団体競技では苦戦したことです。日本人は、全体のために自分は何ができるのかを考えてきた民族ですから、団体競技はもともと得意にしてきたように思います。我が国にも個人を優先する考え方が広まったのかと思いました。

 いずれにしてもオリンピック期間中は大変に楽しませてもらいました。深く感謝いたします。間もなく始まるパラリンピックでの日本人選手の健闘を祈ることにいたしましょう。(宮田修=元NHKアナウンサー、現在は千葉県長南町の宮司)

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提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:32 | 宮田修 アナウンサー神主のため息