2014年08月31日

【季節の一枚】夏の癒しは甘味処

【季節の一枚】夏の癒しは甘味処

 夏の疲れを癒すには、甘いものが意外と効果がありそうだ。同じ思いかどうか、立ち寄った銀座の甘味処『立田野』はにぎわっていた。

 この立田野は2つのことで話題性がある。1つは、富山県砺波が出身の力士、「立田野竹枩」(たつたの・たけまつ)が、力士を引退して四股名を冠につけ、明治28年に日本橋で甘味処を創業、大正13年に現在の銀座に本店を移したという。

 もう一つの話題性は、珍しい牛乳を使っていることだ。その名は、岩手県下閉伊郡岩泉町にある、「中洞牧場」の牛乳。あっさりして、「これ、ほんとうに牛乳」というノド越しである。早速、牧場に電話で聞いた。広報の女性担当者が、丁寧に答えてもらった。

 ――あっさりした味ですが、なぜですか。

 「牧場は、三陸海岸から20キロほど入った、標高700〜850メートルの北上山地の中にあります。搾乳以外は、冬場でもほとんど人の手を加えず、牛たちは野シバ、熊笹などを食べて自然放牧で育てられています。農薬、肥料とはまったく無縁です。搾取した牛乳は65℃以下で30分殺菌するだけで、いっさい加工していません。脂肪が均一で、そのまま生クリームができるほどです。普通の牛乳とは違うとの評価をいただいています」。

――何頭くらいですか。

 「いま、40頭です。自然交配、自然分娩にまかせています。このため、多くは、牛乳をご提供できませんが、銀座の立田野さんには今年夏からお取引をいただいています。銀座松坂屋さんの地下でも販売しています。最近、TBSで取り上げていただいたことで、たくさんのお問い合わせをいただいています」。

【追記】 立田野で、「冷やし白玉あずき」に、この、「なかほら牧場の牛乳」を注いで口に含むと、甘党の筆者だが、味わったことのないものだった。また、行ってみます。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 08:10 | 季節の一枚
2014年08月25日

【季節の一枚】不如帰の作者・徳冨蘆花の原風景

【季節の一枚】不如帰の作者・徳冨蘆花の原風景

 明治時代の「男女の悲恋」、「家族制度」、そして「病い」を素材とした小説『不如帰』の作者・徳冨蘆花の記念館は、青竹に囲まれた広い公園の中にあった。

 入り口の建物は今風だったが、蘆花が20年間暮らしたという母屋、表書院、奥書院は廊下でつながり、古い家屋の独特の臭いがからみつく、藁葺きの昔のままの佇まいだった

 熊本県出身で兄の経営する民友社に入り、執筆した「不如帰」は、明治31年11月から国民新聞に連載され、今でいう渡辺淳一的な話題作品となったという。写真で見る若い日の蘆花は、なかなかのイケメンである。

 ロシアの文豪トルストイの示唆を受け、農業生活を送ることを決意し、当時、東京郊外の農村であった粕谷に住居を定め、20年間、田園生活を送りながら執筆活動を続けたということである。

 これまで、当欄で紹介した正岡子規、竹久夢二の住まいも、蘆花と同じように自然に囲まれた住まいでの執筆だった。しかし、今回の蘆花の住まいはケタ違いの広さだったことが印象的だった。

 今では、都立「蘆花恒春園」として整備されている。京王線の芦花公園駅で下車。高級マンションや高級住宅が立ち並ぶ高級住宅地を歩いて約20分。蘆花が生きていれば、また、何もない田園風景を求めて移り住んだかもしれないと、駅までの帰りの道で思いをめぐらせた。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:52 | 季節の一枚
2014年08月18日

【季節の一枚】小早川隆景の街・三原市

【季節の一枚】小早川隆景の街・三原市

 瀬戸内に接した広島県三原市。わずかに石垣が残すだけの三原城。新幹線ホームから手の届きそうなところにある。

 今から440数年前の永禄10年に毛利元就の三男で戦国の智将とよばれた小早川隆景が、瀬戸内の水軍を統率するために築いたとされる。瀬戸内に浮かぶように見えたことから「浮城」とも呼ばれ、豊臣秀吉があまりの美しさに絶賛したと記されている。

 この築城を祝って城下の人々が、「やっさやっさ」の掛け声で踊ったことから、三原の「やっさ踊り」として有名だ。毎年8月第2週に駅前広場を中心に7000人の踊り子たちが踊り明かす。今年は台風11号の影響で中止だったそうだ。

 また、三原市はタコ漁で有名。駅構内には、ご覧のタコの親子が、やっさ踊りで迎えてくれる。

 タコめし弁当は逸品である。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:36 | 季節の一枚
2014年08月11日

【季節の一枚】相田みつお美術館

【季節の一枚】相田みつお美術館

 台風11号の影響で風の強い日曜日の午後だったが、『にんげんだもの』で知られる、「相田みつお美術館」は、けっこう多くの人でにぎわっていた。さすがに、子供の姿は目にしなかった。

 「本人は詩人でも書家でもないと公言していた」と、館長・相田一人氏は記しているが、心を打たれる言葉、漢字の少ないひらがな主体の独特の書体に感動を受けるひとは多い。

 相田みつお氏は、大正13年、栃木県足利市の出身。60歳で初めて出版、それが有名な『にんげんだもの』であり、今年が出版30周年に当っているということだ。

 美術館は、人間臭い相田みつおさんには、少々、似つかわしくない超近代的な東京フォーラムの地下1階にある。入館料は800円。

 小生の好きな相田さんの言葉は、『りきんだらダメ、たるんでもダメ、ちからをいれて、りきまず それがなかなかむずかしいんだな』、『この世は、私がわたしになるところ、  あなたがあなたになるところ』。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:30 | 季節の一枚
2014年08月04日

【季節の一枚】夏真っ盛り 中目黒夏まつ

【季節の一枚】夏真っ盛り 中目黒夏まつ

 8月2日(土)と3日(日)の2日間、夕方6時半から、地元や東京近郊から参加した33チーム・1200名の踊り子たちが夏の夜の「中目黒」を盛り上げた。今年で49回目という。

 とくに、初日の「阿波おどり」には24連が、それぞれの衣装と音色で軽快な踊りを披露、中目黒銀座商店街を取り囲んだ観衆の拍手喝采を浴びた。

 青木英二・目黒区長は、「今年も、中目黒に熱き風を感じる季節がやってきました。春には目黒川の桜が見事に咲き誇り、大勢の方が中目黒を訪れますが、この夏まつりも春に負けない賑わいを見せてくれます。お越しいただく方々には、洒落たお店、落ち着いたお店、美味しいお店、まちかどの公園や大通りから少し入った街路など、中目黒のさまざまな一面を感じ取っていただければと思っています」とコメントを寄せている。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 13:39 | 季節の一枚
2014年07月28日

【季節の一枚】人工鳥でにぎわう不忍池

【季節の一枚】人工鳥でにぎわう不忍池

 冬、渡り鳥で賑わった不忍池の夏、大きな人工の鳥が羽をこすり合わせるよう池面を満たしている。周囲2キロにおよぶ池の端も家族連れとアベックでいっぱいだ。

 武蔵野の台地を割って流れ来た石神井川の開口部がこの不忍池ということだそうで天然の池ということだ。

 水面のはるか向こうに東京スカイツリーがかすんで見える。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:25 | 季節の一枚
2014年07月21日

【季節の一枚】大正ロマンを求めて

【季節の一枚】大正ロマンを求めて

 大正ロマンの代表といえば竹久夢二の着物姿の、「美人画」ではなかろうか。

 「神様は男をつくった余り(残り)の泥土で女をつくったため念入りで美しい」。「着物は10〜15本の紐で体を頑丈に固め守った。そこから(身八つ口)のぞく桜色の肌がすばらしい」、といった主旨のことを記している。

 ロマンチックな夢二の原点を思わせる言葉のようである。

 竹久夢二美術館は、不忍池の東側にあり、この風景の中で、「宵待ち草」の原詩が生まれたという。隣接の夢二カフェ、「港や」は、夢二が東京呉服橋で営んでいた店の名前がつけられたものという。美術館の半券を見せると割引してもらえる。

 夢二生誕130周年を記念して、今年10月3日〜12月25日の期間、展示会とトークショーなどが予定されている。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 08:15 | 季節の一枚
2014年07月14日

【季節の一枚】根岸の里のわび住まい

【季節の一枚】根岸の里のわび住まい

 この有名な言葉の頭に季語をつけると、たちどころに立派な俳句ができるといわれる。

 たとえば、季語ではないけれど、『損をして根岸の里のわび住まい』とすれば、相場でやられた雰囲気が伝わってくる。

 江戸時代に静かな田園として文人たちが集った場所という。上野の北東、台東区根岸2、4丁目辺りである。

 俳人・正岡子規が明治35年9月に亡くなるまでの10年間、この根岸に暮らし多くの俳句を作ったという。

 『子規庵』には、草花を眺めながら句を作ったであろう部屋、そして、不自由だった左足を立膝ができるように大きく切り込みを入れた座机。

 従軍記者であったことや、『柿くえば鐘が鳴るなる法隆寺』の有名な句ができたエピソードも紹介されている。山手線鶯谷駅が便利。ただ、周辺はラブホテルが多いのでちょっと足が進みにくいが。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:29 | 季節の一枚
2014年07月06日

【季節の一枚】梅雨空に佇む祐天寺

【季節の一枚】梅雨空に佇む祐天寺

 東急東横線の祐天寺駅から徒歩15分ていどのところにある。「徳川家」由来の寺である。

 浄土宗の高僧・祐天上人の念仏道場を建ててほしいいう遺命を受けた弟弟子の祐海上人が享保3年に建立したとある。当時は厳しく寺院建立が禁止されていたというが、八代将軍吉宗の計らいによるという。

 広い境内に佇んではるか昔に思いを馳せるのも心が落ち着く。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 07:47 | 季節の一枚
2014年06月29日

【季節の一枚】大阪のキタとミナミ

【季節の一枚】大阪のキタとミナミ

 大阪といえば、梅田地区の『キタ』と、難波地区の『ミナミ『』というのが一般的である。夜の社交場ということならキタは『北新地』、ミナミは宗右衛門町に代表される『ミナミ』ということだ。

 その、ミナミ地区から、もう少し南に新しくできた『阿倍野はるか』によって、南地区はずいぶん活気がでている。とくに、若い人の姿が多い。

 大阪はキタとミナミの2大地区といわれながら、どちらかいえばキタに偏っていた人気はミナミが盛り返し、ずいぶんとにぎやかだった。

 しかも、街並みは美しくなったが、ミナミ地区には、昔ながらの将棋所がなつかしい。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 19:40 | 季節の一枚
2014年06月22日

【季節の一枚】恵比寿さん、にんまり

恵比寿さん

 東京・JR恵比寿駅入口近くの『恵比寿像』。大阪では、恵比須と表し、「エベッサン」と呼んでいる。「恵み」を与えてくれる有難い神様である。

 10分ばかり、立ち止まって眺めた。どういうわけか、女性ばかりが像にタッチしていく姿が目立つ。しかも、像の下半身あたりに触っているようなのである。離れたところからみると、「あらら!」、男性のシンボルではないのだろうか。「おい、おい」である。

 行き交う人が途切れたところを見計らって、近くによってよく見る。どうやら、胡坐(あぐら)をかいた足の親指が衣を持ち上げて大きく膨らんでいるようなのである。

 それにしても、なんともまぎらわしい形ではある。

 「なにを言ってる、お前のほうがおかしいのだ。バチあたりめが・・・・」。反省。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 15:00 | 季節の一枚
2014年06月16日

【季節の一枚】水郷の嫁入り船

【季節の一枚】水郷の嫁入り船

 橋幸夫さんの『潮来の伊太郎・・・』もいいが、筆者の歳になると花村菊枝さんの『潮来花嫁さんは舟で・・・』が先に浮かんでくる。

 今日の花嫁さんは、役者さんにでも頼んだのですか、と聞く。

 観光協会の方がていねいに答えてくれた。「いいえ、約5倍の応募の中から選ばれた実際のカップルですよ。花嫁さんは遠く青森県、花婿さんは地元・潮来の方です」。

 夏にも似た強い太陽の光を受けて川面がキラキラ輝く北利根川を櫓漕ぎの和船がゆっくり姿を現す。川岸を取り囲んだ多くの観客から拍手と、『おめでとう』の声で水上結婚式は一気に盛り上がる。

 もしも、ウエイディングドレスなら、どうだろうかと思う。『あやめまつり』を彩る100万本のアヤメと同じブルーなら似合うかもしれないと思ったが、やはり、この場所には白無垢の花嫁衣裳だろうとひとり納得。向けたカメラに、かすかにうなずいてくれたのは思い違いだったのだろうか。

 「お幸せに」
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:56 | 季節の一枚
2014年06月09日

【季節の一枚】江戸の潮風そよぐ浜御殿

【季節の一枚】江戸の潮風そよぐ浜御殿

 正式名は浜離宮恩賜庭園(はまりきゅう おんし ていえん)という。徳川将軍家の鷹狩場に4代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が、海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建て、綱重の子、綱豊が6代将軍となったのを機に将軍家の別邸となり、「浜御殿」と呼ばれるようになったと記してある。

 6月の雨に濡れた松の緑が海水を引き入れた、「潮入の池」に映えて美しい。

 池を眺め、伊豆七島に通う東海汽船の汽笛を聞きながら、きゅうくつそうに正座した外国人観光客らと並んで抹茶(おうす・お菓子付720円)をいただいた。接待係りのお嬢さん、「おもてなし」アリガトウございました。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:57 | 季節の一枚
2014年06月02日

【季節の一枚】200メートル上から見た東京駅

【季節の一枚】200メートル上から見た東京駅

 旧東京中央郵便局を建物として残し、昨年5月に竣工した38階建ての『JPタワー』。屋上に上ると、緑が敷き詰められた憩いの場。

 とくに、高さ約200メートルから見下ろす景色はすばらしい。東京駅前ロータリーは、ヨーロッパ的な美しい模様を見せてくれる。行き交う新幹線が模型のように可愛いく、子供にたちも、きっと喜ばれるだろう。新しい東京の観光スポットが、また一つ加わっている。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:47 | 季節の一枚
2014年05月30日

【季節の一枚】ポピーと四天王さま

【季節の一枚】ポピーと四天王さま


 咲き乱れるポピーの花言葉は、『華やかな恋、恋の告白』だそうである。

 少し、おっかない顔の布施弁の四天王さまの表情にも、綺麗な花と仲良しカップルを眺めて和らいでいるようにもみえる。

 ここ、千葉県柏市にある、「あけぼの山農業公園」は、遊んで学べる花の里、体感ファーマーズパークとして人気がある。

 布施弁天の境内にある茶屋「花華」で一服するとホッとする。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 13:38 | 季節の一枚
2014年05月27日

【季節の一枚】北欧的美しき井の頭公園

【季節の一枚】北欧的美しき井の頭公園

 おっ! これは北欧の風景か。

 いやいや、日本の風景である。「井の頭公園」。正式名称は、三鷹市と武蔵野市にまたがる、『井の頭恩賜公園』という。

 大正6年1917年5月に日本初の郊外型公園として開園し、平成29年5月には開園100周年を迎えるという。神田川の源流でもある。

 朝6時、カイツブリのひな鳥が親鳥から朝食の魚をもらっているところに出逢った。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 13:19 | 季節の一枚
2014年05月26日

【季節の一枚】江戸娘に出逢えるまち川越

【季節の一枚】江戸娘に出逢えるまち川越

 午後3時。ゴーン、ゴーンと刻を告げる鐘の音ー。紹介するまでもなく有名な川越市の『時の鐘』。筆者が約30年前に初めて訪れたときは、火の見やぐらだと思い込んでいたが違った。

 小江戸・川越観光協会に取材した。『酒井忠勝が川越城主の時に建設されたといわれています。川越は江戸の北の守りとして重要視され、城下町として栄え、履物、織物、建築、工芸、菓子など多くの職人で賑わっていたと伝えられています。酒井忠勝は、ことのほか時間にはうるさく、職人たちにも時間を守るようにということで、高さ16メートルの、「時の鐘」がつくられたそうです。現在では午前6時、正午、午後3時、午後6時にそれぞれ6回づつ自動で時を知らせています』という。

 市の人口36万人に、年間の観光客は実に620万人という。まさに、観光立県だ。『最近は台湾などの外国人観光客の方が増えています。これから、東京オリンピックに向けて外国人観光客の方は増えると思います。英語でも、オモテナシができるように協会が中心となって取組んでいきます』。

 川越と横浜が電車で直接結ばれた。また、昨年、着物の似合うまち川越を目指して、「川越きものの日」が誕生、毎月18日が着物の日ということだ。訪れた日は、着物の日ではなかったが、着物姿の若い女性の姿が目立ち、古い建物に溶け込み、まさに、「江戸娘」といった風情である。

 また、彫刻家としばし語らい日本製造業の原点を見た思いだった。

 京都、奈良とは、ひと味違った歴史を満喫できる街である。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 12:29 | 季節の一枚
2014年05月19日

【季節の一枚】夏を本番近し!三社祭

【季節の一枚】夏を本番近し!三社祭

 浅草寺の『三社祭』が18日(日)、多くの人並みの中、フィナーレを飾った。いつもは観光客でにぎあう仲見世の店先もこの日ばかりは汗、汗、また汗のオトコの臭いでムンムン。

 700年余の歴史があるとも伝えられるが、東京スカイツリーも加わって、ますます世界的にも有名となっているようだ。

 人気の神谷バーも、この日はさらに大入り満員の盛況だった。さあ、これで東京は夏本番を迎える。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 13:18 | 季節の一枚
2014年05月18日

【季節の一枚】風が薫る、みなと・ヨコハマ

【季節の一枚】風が薫る、みなと・ヨコハマ

 咲き競うバラの鮮やかさと香りに包まれた、『港の見える丘公園』。イギリス館から、鞍馬天狗の作者で、大のネコ好きだったという作家・大佛次郎記念館を見学。

 港に下り、ヨコハマ湾内クルージング1時間半の船旅に心を躍らせタラップを登る。
初夏を思わせる海風に日頃の憂さも吹き飛ぶ。外国の豪華客船が、放水アーチの見送りを受けて次の寄港地韓国に向うという。どうぞ、事故のないようにと、手を振った。

 東京電力の火力発電所の隣に横浜市が運営する高さ110メートルはあると思われる、『風力発電』の大きい羽が強い海風を受けて勢いよく回転している。横浜湾に風力発電があるとは知らなかった。

 最後に立ち寄ったのは馴染みの元町にあるコーヒー専門店、『無』、疲れた体には旨さがひとしおである。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 21:01 | 季節の一枚
2014年05月11日

【季節の一枚】ペルー上陸の久里浜、今、TPPで開国も

【季節の一枚】ペルー上陸の久里浜、今、TPPで開国も

 三浦半島横須賀市久里浜は、すでに夏の装い。たくさんの子供たちが水遊びを楽しんでいた。

 ここ、久里浜は1853年7月14日に米国東インド艦隊司令長官M.Cペルーが蒸気船2隻、帆船2隻の計4隻の『黒舟』でフィルモア大統領の親書を携え上陸したところという。その後、日米和親条約が締結されたという。海岸にすぐの記念公園にはペルー記念碑が建てられている。

 記念碑の前に立つと、161年の時を経て、今また日本は『TPP』という開国を迫られているようだという気持ちを強くした。

 また、久里浜は海の幸に恵まれ、料亭『海』(KAI)の海鮮料理には大満足だった。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 19:57 | 季節の一枚