5月6日夜、菅総理は緊急会見を行ない、浜岡原発の全面停止を中部電力に「要請」したことを発表した。中部電力側はいったんは回答を保留したが、9日の臨時役員会で、「要請」受け入れを決定した。
当初かtらこの停止要請は、「英断」だとか「スタンドプレイ」だとか、賛否両論が飛んでいたが、霞ヶ関では、発表直後から「原発政策の所管大臣である海江田経済産業大臣を外して、何で菅総理が会見したのか」との疑問の声が上がっていた。一部では、海江田大臣の「憤懣」や、彼を労わる同僚閣僚の発言も聞こえてきたが、9日の記者会見で、大臣自身がその「経緯」について詳しくこう語った。
(浜岡原発停止を)いつ決めたかということでございますが、3月の末からずっとこの問題については頭を離れたことはないということは事実でございます。そして、その上で実際に5月5日になりますか、現地に行きまして、そしてそこで見て、そこから帰って、十分これは私の中で本当に苦渋の選択と申しますか、それをしたわけでございます。日付は12時をまたいでおりましたか、1人になってよく考えて、そして翌日になって、菅総理とご相談をして、そして菅総理もそういう判断だということでございますので、総理から発表があったわけでございます。
海江田大臣は、あくまでも所管大臣の自分が、熟慮の末決めた、だが大事なことなので、総理にも相談したが、総理も同じ考えだったので、発表は総理に委ねた、という答えた。つまり、決定したのはあくまでも自分だと強調している。記者会見で、記者がさらに「議論を地元や電力会社としたのか」と聞くと、大臣はそれには直接答えず、さらにこう述べた。
これは文書を見ていただければわかりますが、私からのお願いでありますので、命令とかということではありませんで、お願いでありますので、その意味ではまず私自身の判断としてお願いをさせていただいたということであります。
ここでも「私自身の判断として」ということを繰り返し強調している。総理記者会見への「憤懣」がにじみ出ていると見ていい。事実、その後の記者とのやり取りでも、次のような発言が見られる。
まず私自身1人になって、よく熟慮をしなければいけませんから、熟慮に熟慮を重ねて、そして総理ともご相談をしなければいけない事柄だと思いましたので、総理ともそれはじっくり時間をかけて議論をさせていただきました。かなり長い時間お話をさせていただいて、総理のお考えもしっかり聞かせていただきました。
一月の内閣改造では、選挙区のライバルである与謝野馨氏に経済財政担当大臣のポストを奪われ、「玉突き」人事で経済産業大臣に追いやられた格好の海江田氏。そこに原発事故の発生で、責任を一身に浴びせられる立場に置かれたわけだから、「総理のお考えもしっかり聞かせていただきました」位の「イヤミ」を言いたいのも分かるというもの。
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2011年05月14日