TPPは新しい問題ではあるが、論点を絞っていけば、国内農業を保護するかどうかという話だ。
農業の保護は、根の深いというか、選挙の票がからんでこれは旧い問題である。
アベノミクスにとって,TPPは、ムシロ旗つまりは圧力団体の筆頭ともいえる農家を敵に廻すのだから、難問であることは間違いない。
しかし、自由貿易主義は国是のようなものであり、いまや貴重な貿易収入を稼いでいる自動車産業など製造業にむげに不利益を押し付けるわけにはいかない。天秤にかけるまでもなく、TPPを避けて通る方策は採りえない。
農業への規制を守り、競争をさせないで保護していくか、規制を緩和して競争原理を導入するか。どこからみても、このままで済むわけもないアジェンダである。つまり、外圧をテコにどう変化(=進化)させるか、という問題にみえないではない。
■穀物条例撤廃(1846年)とTPP(2013年)
TPPというと、想起されるのは穀物条例(穀物法)撤廃である。
イギリスが穀物条例を撤廃したのは、1846年のことだ。
穀物、とくに小麦などの輸入を規制するのが穀物条例で、長らく輸入穀物には高い関税が課せられてきた。穀物条例撤廃は、産業革命が成功を収め、いわば、モダーン(=近代)が確立された時期に重なる。
穀物条例撤廃は、経済学の歴史ではマルサスとリカードが論争したことで知られる。
マルサスは輸入穀物に高関税を課した穀物条例を支持した。「安全は富より重要」――マルサスの論点は、いまもキーワードとして使われているものだ。リカードは、「高価なパン」の不効率性を突き、いわば自由貿易主義の立場から穀物条例撤廃を説いた。
言い換えると地主階級と勃興してきた産業ブルジュアジーの利害対立があり、後者が勝利した。綿紡績などの産業ブルジュアジーは、主食である小麦など穀物が安くなれば労働者の賃金上昇圧力が軽減できる。
それになにより、関税などの輸出・輸入の規制緩和は、産業ブルジュアジー、あるいはイギリスに大きな利益があった。フランスなどヨーロッパ諸国から穀物を輸入するが、綿紡績など産業革命の成果である工業製品をヨーロッパ諸国に輸出できる。
■TPPは何をもたらすのか
TPPも、穀物条例撤廃がそうであったように詰めていけば、「(トータルで)どっちが得か」という問題である。アベノミクスというか自民党は、「聖域」がないとかあるとか、通用するかどうか判然としないが、テクニカルな伝統的な手法でTPPに「適合」していく意向にみえる。「TPPに参加しても、中身は変わらないようにする――」、と。
しかし、TPPは何をもたらすのか。
これも”アフター穀物条例撤廃”で考えてみたい。穀物条例で農業が保護されている時代は、「自給体制」が基本だから、イギリスは気候が合わないのにワインなどもつくっていた。
さすがに、穀物条例撤廃以降は、ワインはフランスから輸入することになった。「比較優位」に委ねるというか、グローバルな「適地生産」になった。
さらに、穀物条例撤廃は、意外なところにも影響を及ぼしている。興味深いのは、これ以降、イギリス国内から不動産高騰問題、すなわち土地問題がなくなった、といわれている。
農産物の輸入増加は、「農地の輸入」であり、土地の需給を根本から変えたわけである。工場など製造業も海外に立地すれば、「工場用地の輸入」になる――。それと同じ理屈だ。
TPPは、よかれ悪しかれ、そうした大きな化学反応を起こす可能性がある。
アベノミクスは、「経済を取り戻す」という攻めのコンセプトを基本にしているが、TPPはどちらかといえば、外圧に近い。いわば守りのアジェンダだ。
企業社会の危機管理(クライシス・マネジメント)事例をみていると、攻めに強い企業は守りに弱い特徴や傾向が否定できない。普段、強豪企業に攻められている弱い企業のほうが、不思議にもなんとか生き残る術を身につけている。
アベノミクスは、TPPとどう「適合」していくのか。ひるがえっていえば、日本の農業がグローバル経済にどう適合し、生き残っていくのか。そこがTPPによって、不可避的に、突きつけられ問われている。(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
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2013年02月03日