■“報復の連鎖”の罠を回避できるか
4月1日イスラエルの戦闘機がシリア・ダマスカスのイラン領事部を空爆した。イラン革命防衛隊は、この爆撃で将官7名が死亡したと発表している。領事部はイラン大使館の隣にあり、ピンポイントで攻撃されている。
イランは14日にミサイル、ドローンを大量動員してイスラエルを攻撃した。イラン領事部爆撃に対する報復である。ただし、イスラエルに本気で深刻な打撃を与える意図はなかったとみられる。そのうえイラン軍統合参謀本部議長は、「この攻撃により作戦は終了したと考える」と語っている。
これは意外な対応だった。いわば大人の対応というか、自制を効かせた限定的な攻撃にとどめたようにみえる。居丈高な表明も抑制している。この攻撃中に米国はイランから「作戦はこれで終了、さらなる攻撃はない」という示唆を受け取ったといわれる。米国はイランがイスラエルとの激突回避に相当に腐心しているという感触を得た模様だ。
問題は右派戦時内閣のネタニヤフ首相のイスラエルがどう対応するかだ。最悪のケースでは“報復の連鎖”になりかねない。報復の応酬から、地獄の淵を覗くような事態に至る愚は回避しなければならない。
バイデン大統領はイランに対してもそうだったが、イスラエルに自制を求めている。「イスラエル国民の74%はイランへの反撃は同盟国(米国)の信頼を損なわれるようなら反対」(ヘブライ大学世論調査)。「イスラエル国民は米国との関係を不安定なものにしてまでイランに攻撃するのは反対」と報道されている。
■インフレ収束、利下げ実現がバイデン大統領の再選戦略
イスラエルは、バイデン大統領などの要求に応じて自制的な攻撃にとどまるのか否かが次の焦点になる。イランは戦争を求めていない。イスラエルがこれ見よがしにイランに反撃を行えば、イランも黙ってはいられなくなる。報復の連鎖から「第三次世界大戦」めいたカオスが世界を覆いかねない。
バイデン大統領は、イラン、イスラエルの双方に戦争回避を求めている。イランが領事館爆撃に対して報復攻撃を行うという情報を持った時にも「やめろ」と警告している。これはメディアから「イランに伝えたいことは」という質問に間髪を入れず発した言葉である。
中東で戦争が勃発すれば、原油価格が高騰しインフレが再燃する。そうなれば、バイデン大統領は利下げどころか、利上げに追い込まれる。
それはバイデン大統領としては最悪の事態である。大統領選挙を控え、バイデン大統領はできるだけ早期に利下げを実現したい。国民にとっても利下げは肌で感じる経済政策だ。バイデン大統領としたら、早くインフレを収束させて大幅な利下げを実行できる状況をつくりたい。
■金利動向が世界経済の今後を示す
FRB(連邦準備制度理事会)パウエル議長は「政治は考慮しない」としている。金融政策に政治に与する判断は加えないとしている。しかし、共和党大統領候補のトランプ氏など「利下げを行えば、民主党を支援することになる」と早くからパウエル議長を牽制している。インフレが終息するのか再燃するのか大統領選挙を左右しかねない。
イランとしては極端なほどイスラエル支持だったトランプ氏が再度大統領になる事態は望んでいない。トランプ氏はネタニヤフ首相と仲たがいしたといわれている。だが、「ガザ戦争」を含めて中東の混迷が長引けば、トランプ氏には有利になる。ネタニヤフ首相が「ガザ戦争」、イランとの報復連鎖というカオスをもたらすことをトランプ氏が望んでいる可能性がないとはいえない。
中東の地政学的な緊張が高まれば、原油価格が高騰して米国債金利が上昇する。今年前半はインフレ収束、利下げ気運でNY株式は活況だった。しかし、いまは原油価格が高止まり、インフレ懸念が生じている。景気の先行きは悪化が見込まれる。利下げ気運は一気に後退、株式は大幅低迷に転じている。結局のところ、金利動向は米国が牽引する世界経済の今後を左右することを示唆している。
■過剰な円安が続けばインフレが再燃
1ドル=154円台という極端な円安は、米国の利下げ後退が大きな誘因となっている。中東の緊張で原油価格が高止まりしていることもドル買い円売りの根拠となっている。(5月連休で日本から海外に旅行する向きは少なくないが、過剰な円安には早速悲鳴が上がっている。)
大幅な円安は、製造業の24年3月期決算には大きなプラスになる。だが、過剰な円安によりインフレが再燃すれば、先行きの景気、企業業績は低迷が不可避となる。日銀はマイナス金利解除を行ったばかりだが、年内に利上げに進む可能性が出てくる。25年3月期決算については過剰な円安は一転してマイナス要因になりかねない。株式市場はすでに大幅な低迷に見舞われているが、1ドル=154円台という過剰な円安は市場に不安定さをもたらしている。
イランとイスラエルの報復の連鎖、その根源といえるパレスチナ「ガザ戦争」ともども収束するのか、あるいはカオスになるのか。米、英、独などはネタニヤフ首相に強く自制を求めている。すなわち、反撃するとしても限定的なものにとどめろというわけである。
ネタニヤフ首相は「様々な提案は受けているが、(反撃のやり方・時期は)イスラエルが自身で決断する」という立場を崩していない。極論すれば「やめろ」(バイデン大統領)ということだが、やたらと強硬なネタニヤフ首相が判断を誤れば取り返しがつかないことになる。現状は不透明きわまりない。(経済ジャーナリスト)
(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営〜クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)
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2024年04月19日