2013年05月31日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスは規制改革でリスクを取れ

■規制はリスクを取らない習い性をつくる

小倉正男の経済羅針盤 このところ株価が乱高下というか、よく下がる。

 株価は上がったり下がったりだから騒ぐべきではないが、「円安株高」とはよく言ったものだ。いま現在は1ドル=101円を割る円高なのだから、下がるのも無理はない。

 為替に依存した株式の動向だけに、円高に転じればたちまち「円高株安」に陥る。
 
 やはり、待たれるのは中身のある成長戦略の断行、ということになる。

 アベノミクスでは、農業、観光、健康医療、エネルギー、環境などでこれまでにない規制改革や支援を行うと打ち上げている。これらは総論ではまったく異論のないところだ。

 しかし、現実の各論段階では、「安全性が確認されていない」「前例がない」などの口実で規制改革はなかなか進んでいないように見える。

 “原則=規制”の日本経済では、サプライサイドの企業・産業が沸き立つわけがない。これではいままでと同じである。

 新しいマーケットを創り起こそうとする企業・産業の現場は、下手をすれば規制にもたれかかり、リスクを取らない習い性になる。「あれをしてはいけない」、「これをしてはまずい」、では“何もしないほうが偉い”と奨励しているようなものであるからだ。

 金融緩和では、「(従来と)次元が違う」という表現を使ったが、規制改革でも「次元が違う」行動を見せてほしい。

■「規制改革をやるから企業はリスクを取れ」と覚悟を示せ

 その昔の1960年代、当時の通産省は脆弱だった自動車産業の合併など再編統合を促進し、新規参入などは禁止するというバリバリの規制を行う法律をつくろうとしていた。

 それに猛烈に反対し、自動車に新規参入を果たしたのがホンダである。

 「通産省に言われたことと全部違うことをやってきた。だから、ホンダの今日がある」

 後に、ホンダの創業者・本田宗一郎はそう語ったとされている。

 ホンダが、東京・青山に本社ビルを初めてつくった時に、本田宗一郎は「ビルのなかは居抜きにしておけ」と命じたといわれる。

 テナントなどを入れると売却する時に面倒だ、という意味だった。つまり、“会社などはいつ傾くかわからないから、いつでも売れるようにしておけ”、と。

 “企業とはリスクを取るものだ”、という考え方が貫かれている。

 いまの日本の企業の代表格であるトヨタにしても、戦前・戦後の苦難期には身内からも「トヨタ(財閥)をつぶす気か」という批判・非難があったとされている。

 自動織機でせっかく成功したのに自動車のようなカネを食う“道楽”に血道を上げて何をしているのか、という批判・非難だ。

 リスクを取った経営者(豊田喜一郎)がいたからいまのトヨタの世界的な成功がある。

 アベノミクスでは、「安倍内閣は次元の異なる規制改革を行う」と宣言すべきである。政府は政府でリスクを取る。そして、安倍内閣は、「リスクを取る企業を応援する」、と。

 だから、「企業はリスクを取って新規マーケットを創り起こすチャレンジをしてくれ」という立場を示すことが必要だろう。

 要は、最後は覚悟である。覚悟がなければ、超金融緩和による「円安株高」の次元にとどまり、アベノミクスは“見せかけの経済政策”という非難・批判を撥ね返せないことになりかねない。

(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 07:55 | 小倉正男の経済コラム
2013年05月18日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスと経済成長戦略の使命

■アベノミクスと営業外収益改善

小倉正男の経済羅針盤 アベノミクスで円安株高は進行しているが、景気の実感はといえば一進一退である。

 特に、設備投資関連の中堅部品メーカー経営者などからは、厳しい声が出ている。

 「仕事はまったく増えていない。前年同期と比べて精々横ばいといったところ。アベノミクスの効果は出ていない。このままだとアベノミクスはやはりダメだ、という失望や反動が出る。実体景気が戻らないとなれば、安倍晋三総理の人気は急速にしぼむのではないか」

 部品メーカーは日々の受注から景気の実体には肌身で接している。復興関連などの需要は出ているが、EU経済の低迷などから中国関連企業の設備投資が止まっていることが響いている。

 反面、その企業経営者は意外なことを言う。
「ただし、営業外は信じられないぐらい良くなっている」

 「営業外」というのは、資金の運用で株高が貢献して営業外収益は好転しているというのである。
「それもあって交際費など営業費用は使うようにしている」とは冗談も入っているのだろうがくだんの経営者。

 円安株高は、それはそれで廻りまわって景気に作用しているということになる。

■出始めた一見良識派からのゼイタクな意見

 テレビなどのニュースコンテンツを見ていると、いつものことだが、株高などにやや批判的な意見も出始めている。

 「株高というが、外人が買っており、日本の機関投資家は売っている。外人は自分の身勝手なカネ儲けで売買しており、まさにハゲタカ。日本の産業・企業を成長させようなどとはまったく考えていない。それに我々庶民には株高の恩恵は一切ない」

 一見して良識派に見えるような意見である。

 だが、アベノミクス以前は、日本の株式市場はほとんど”死んだ”も同様な状態だった。外人の資金の大半は中国やアジア新興国の株式市場に向かっていた。

 そうしたちょっと前までの日本経済のなすすべない低迷を見れば、かなりゼイタクな意見ということになる。

■新成長戦略は種まき・芽吹き促進にこそ使命

 アベノミクスの問題は、経済の新成長戦略ということに絞られる。

 確かに、足元を見れば、中堅企業などからの設備投資資金需要が活発化しているという状況にはない。銀行など金融機関の企業向け融資は依然として低迷している。

 「営業外」は急改善となったが、「営業」、すなわち売り上げ、営業利益が右肩上がりになる事態はいまだない。

 新成長戦略では、環境、エネルギー、健康、観光、農業などといった各分野で新業態・新技術などの開発や勃興が緊急課題になる。緊急課題を打開するために思い切った特例的な規制緩和も促進するとしている。

 だが、新しいビジネスが開花するには、不可避的に時間がかかる。
アベノミクスに求められるのは、新ビジネスの種まきや芽吹きである。開花や収穫まで欲張ってはならない。

 現状を冷静に見れば、アベノミクスの新成長戦略は、その種まきや芽吹きの促進にこそ使命があるのではないか。
この10〜20年ほとんど見られなかった経済への種まきや芽吹きで新市場が沸き立てば、これはこれで大変なことにほかならない。

 開花や収穫はこの先の5年後〜10年後に任せるしかない。

 ”新成長戦略で早く答えを出せ”、というのはこれも急ぎ過ぎというか、ある種ゼイタクな意見とはいえないだろうか。

(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 07:04 | 小倉正男の経済コラム
2013年04月24日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスと景気循環プロセス

<アベノミクスは、実体景気にどのような影響をもたらしているだろうか>

小倉正男の経済羅針盤 百貨店では、高級ブランド品など高額な商品から売れていく現象が見られるといった報道がされている。
それは悪いことではない。ただ、実体景気というか、例えば中堅中小企業などには果たして好影響が及んでいるのだろうか。

協栄ホーニング(本社・豊田市)は、ホーニングパイプ、スライドシャフト、スライドパイプ、アルミローラーなどの加工メーカー。それらの工業製品を一本からの発注に応じる中堅企業だ。 

 大手の下請けで汎用品を大量生産するのではなく、あくまで手づくりで一本からの加工生産・販売を行っている。操業度ではなく、付加価値で勝負する企業である。

 「アベノミクスの影響は、ウチのようなメーカーには、残念ながらまだ及んできてない。1月〜3月は昨年と同じぐらいか、むしろやや良くないぐらいの感触だ」
 同社の渡辺益良会長は、そんな感想を漏らしている。

■株式の回復が消費に好影響

 だが、渡辺益良会長は、その一方でアベノミクスの効果について、こう語っている。

 「会社の資金を証券会社に預けて運用していたものが確実に好転している。期待もせずに以前から預けていたのだが良くなっている。世間では、いまから株式セミナーに行って勉強して株を買う人たちをTVなどで伝えている。だが、それは少し遅いのじゃないかね」

 確かに、異次元の金融緩和による円安効果も加わり、株式は回復・高騰を加速した。この好影響は中堅企業にも及んでいる。

 他の中堅企業経営者に聞いても大なり小なり同じような効果が出ている。

 会社が催す花見の宴会弁当が高級なものになった。社員旅行が一泊だったのが二泊になったetc――。

 アベノミクスは、ほとんど死んでいた株式を右肩上がりにした。株式の高騰は、消費にプラスの影響を与えている。

■設備投資、残業・賃金の増加を実現するか

 消費の好転が、設備投資やさらに残業増、そして賃金やボーナスの向上につながるのか。それが次に試される景気循環のプロセスになる。

 大昔の高度成長期は、景気は設備投資→残業・賃金ボーナスの増加→消費というのが景気循環の流れだった。どちらかというと、発展途上国型の景気循環にほかならない。

 だから昔のエコノミストは、設備投資ばかりをマークしていた。消費まで及べば景気は終わり――。消費は「不妊」、何も生まない、とまでいわれたものだ。

 いまの景気は円安株高による消費が景気の先行指標になる。

 焦点は、消費が設備投資、そして残業・賃金ボーナスの増加をもたらすのかである。つまり、消費が景気循環を新たに生み出せるか。

 これは成熟した経済、いわば先進国型の経済循環になる。

 アベノミクスには、実験的な経済政策の面がある。

 仮に景気循環を生み出せなければ、“こけおどし”の経済効果にとどまる。「やはり、ダメだったか――」。
アベノミクスは、景気を起こせなかった。ニセモノの経済政策だった、ということになる。

 しかし、アベノミクスが反対にダイナミックな景気循環を生み出せれば、これは画期的な経済政策であると評価が一変するに違いない。

 このあたりは下手な予見を持たず、しばし実証的に見ていくべきではないか、と私は思っている。

(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 07:51 | 小倉正男の経済コラム
2013年04月03日

【小倉正男の経済羅針盤】米国経済のスピード感とアベノミクスのそれ

■アメリカ経済のスピード感は日本の四〜五倍

小倉正男の経済羅針盤NY株価は、最高値を更新――。

 その背景には、企業業績の回復がある。住宅着工が増加し、しかも住宅価格が上昇している。

 自動車販売も、大型車が売れている。3月のアメリカ自動車販売は前年同月比3.4%増となり、5ヶ月連続で年率1500万台超の伸びを維持している。
しかもビッグ3、つまりアメリカ車が大きく伸びている。割安の韓国車が低迷に転じ、日本車は強含み程度になっている。

 リーマン・ショックは08年9月のことだ。その時は住宅需給が大崩壊したが、まるで逆のトレンドだ。アメリカの景気は、リーマン・ショックなどいつのことだったか、というばかりの動きである。

 アメリカは4年ちょっとでリーマン・ショックの痛手を克服した、ともいえるかもしれない。凄いスピード回復である。

 対照的に、日本は「失われた20年」である。日本は、1980年代後半にあの不動産バブルがあり、1990年代前半にその崩壊があった。それから20年あまり景気の底ばい状態が続いている。

 アメリカと日本の経済、その彼我のスピードは4〜5倍の違いがある、という見方がかねて語られている。あながちそれが大げさではないことを裏付ける景気のスピード感といえる。

■「金融危機」の最後の局面か

 しかし、世界景気のねじれはまだ残っている。欧州では、キプロス問題がくすぶっている。

 キプロス問題といえば、昔はギリシャとトルコの地域紛争のことだったが、いま起こっているのは金融危機である。

 預金封鎖、あるいは高額預金者への課税が表面化しているが、本質はキプロス金融恐慌であり、銀行への取り付け騒ぎが起こっている。

 キプロスは「タックスヘブン」として、ロシア新興財閥などの資金を取り込んできたが、いまやその預金をそっくり返却はできない事態となっている。いわば、『踏み倒し』、はたまた『取り込み詐欺』という結果になろうとしている。

 これをギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリヤと続いた「金融危機」の最後の局面と見るべきか。つまりは楽観論の立場で見て、危機の連鎖の終わりの始まりなのか。あるいは、そうではないのか。

■問われる「ミックス」のコア部分へのスピード感

 話を景気回復のスピードに戻せば、EUもそうスピードは出ないということになる。一応、危機の終わりの始まりと、いまの現象を楽観的に見てもそういうことになる。

 ユーロという単一通貨で欧州諸国を結んでおり、その構造が全体のスピードを鈍らせている。つまり、ユーロによる一種の『護送船団方式』を採用しているわけでスピードは望めないのではないか。

 ひるがえって、アベノミクスを掲げる日本だが、そのスピードはどうか。

 アベノミクスは3本の矢による「ミックス」、つまりはやれることは何でもやるという混合混在の経済政策だ。

 マーケットは、金融超緩和による円安株高を超スピードで実現した。このスピードたるや、確かに凄いものだった。

 ただ、アベノミクスの「ミックス」のコア部分、すなわち経済成長分野の創出のスピード感はいまひとつだ。いろいろ打ち上げられているが、スピード感がないということは本気ではない、ということになりかねない。

 「日本の経済を取り戻す」という目標からすれば、「ミックス」のコア部分へのスピード感ある着手が不可欠である。アベノミクスはここまで順調な歩みをとげてきている。だが、スピード感を持ってせっかちにそして厳しくいえば、いよいよ『真贋』が問われる段階に来ている。

(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 17:22 | 小倉正男の経済コラム
2013年03月11日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクス―問われる「成長戦略」の本当の姿

小倉正男の経済羅針盤 なにげなく使っているのだが、「観光」という言葉がある。いまでは旅行、物見遊山を指す。「観光」は、『易経』から由来しているが、自国や他国の勢い(=光)を見るのが語源である。いわば、元来は政治や軍事用語にほかならない。

 2年前の3・11は、この世でこんな悲惨を見るのかという思いだった。大地震、大津波、原発(メルトダウン)事故――、ウソだろ、と思いたいが、まぎれもなく現実だった。

 3・11以降、少なくとも2、3週間は、東京では街から人気が失せた。銀座の目抜き通りは、昼だというのに人々が歩いていない。ガラーンとしている。それまでは中国からの家族連れ旅行客が闊歩していたが、これもまったく消えた。

 スーパーの棚から、水が消えた。パン屋では、食パン一斤を並ばないと買えない状態になった。原発事故の処理や情報は人々から不審を買い、首都圏から避難を考えないといけない寸前までいった。

 あのときの日本を「観光」すれば、最悪の事態だった。

■NYダウは4年ちょっとで最高値に到達

 2年を過ぎて、被災地の復興はいまだの感が否めない。ただ、東京などには、いまようやく人々の賑わいが戻ってきている。

 アベノミクス効果で、株価はリーマン・ショック前の水準を回復した。一部企業を中心に賃上げやボーナス増も出始め、消費にも高額商品に動きが見え始めている。

 日本は「失われた20年」から離脱できるかどうか、という瀬戸際にある。アベノミクスに、経済界などが協力的なのも、「失われた20年」に終止符を打ちたい、という暗黙の思いがあるからに違いない。逆にいえば、今回もダメなら失望感は相当に深いに違いない。

 株価といえば、NYダウは史上最高値を更新した。リーマン・ショックから4年ちょっとで最高値に到達――。そのスピードたるや、驚かされる。

■試金石は「成長戦略」の本当の姿

 円安転換による株高の恩恵で、高額消費などに波及する可能性が出てきている。

 また、円安効果による製造業など企業業績の回復期待で、賃上げやボーナス増が多少とも促進され、これも消費にプラス要因となる見込みだ。

 こうした動きがみられるようになったのは、少なくともいままでにないことだ。希望はほのかなものだが灯った。

 だが、それだけではまだ対処療法でしかない。景気を浮揚させるにはパンチ不足ということになる。

 TPP問題が典型だが規制緩和による構造改革に歩を進めないと、「失われた20年」から決別できない。アベノミクスと景気浮揚の関係では、ここが最大のボトルネックであり、ここにどこまで切り込めるか。

  改革に「聖域」を設けるのか、設けないのか――。要は、アベノミクスの試金石である「成長戦略」の本当の姿がまだ見えない。

 日本の株式が、リーマン・ショック以前の水準を回復したのは大変な出来事だが、もろ手を挙げて喜ぶわけにはいかない。

 このまま時間を“浪費”していけば、おそらくアベノミクスの賞味期限がひたひたと押し寄せてくる。アベノミクスに支持が高いうちに、抵抗勢力の動きを封じて、構造改革に手を打つ必要がある。

いまの日本を厳しく冷静に「観光」すれば、大底を叩いて浮上を遂げたが、このまま上に行くのか、あるいは下に舞い戻るのか、判断しかねる状況だ。

 ほのかに灯った希望をふくらますことができるか、希望が再び失望に変わるのか。時間はあまりない。「成長戦略」の本当の中身で、アベノミクスの真価が決まることになる。(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 06:56 | 小倉正男の経済コラム
2013年02月25日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスの「気」と「景気」の狭間

■はたして「気」は変わったが・・・

小倉正男の経済羅針盤 「景気」という言葉の語源は、街やお店、それにお客や行き交う人々の活気や威勢などの有様・景色から来ているようだ。

 英語では、単にエコノミー、あるいはビジネス、はたまたエコノミック・コンデションズである。

 景気は人々の気の有様であり、「エコノミー」と比較すると、すでに動態的な意味合いが含まれている。そう考えると、いささか味わいも出てくる。

 「アベノミクス」というタームがメディアに現れた昨年12月中下旬には、円安・株高がすでにはっきりと動き出した。政策が動き出す、という実体をベースにすれば、以前も以前の時期である。

 何も実体は変わらない。しかし、「気」は変わったということになる。それもただ単に気分だけのことなら、どこかではげるものだが、まだ勢いは失われていない。

 はたして「気」によって、「景気」は変化を起こすか――。

 まだ当てにはできないが、東京・銀座、大阪・新地、名古屋・錦といった繁華街も週末などには人々が繰り出すように変わった、という。

■アベノミクスに応じボーナス増、定期昇給実施で「賃上げ」

 変わったといえば、「賃上げ」の有様である。

 経営側は、ベースアップや定期昇給には厳しい姿勢だ。ただし、ボーナス(一時金)については、昨年までとはやや違い軟化というか、前向きに転じていると伝えられている。

 アベノミクスにより円安がもたらされ、日米首脳会談でTPP参加の方向性も打ち出された。経営側としても、自動車など大手製造業を中心に、安倍内閣からの「賃上げ要請」に何らか応える機運が生まれてきている。

 トヨタ自動車などは、年間一時金205万円、定期昇給分に当たる「賃金制度維持分」の月額7300円をめぐっての「春闘」になる。

 春闘といえば、昔は即ベースアップを意味していたがそれは「死語」となり、いまではボーナスが主体。それでも業績の回復が見込まれる企業は、一時金、それに定期昇給実施でアベノミクスに応じようとしているようにみえる。

■スタグフレーションが起こる、とは???

 ところで、アベノミクスによる「賃上げ要請」について、スタグフレーションなるという説があるのには少々驚かされた。

――アベノミクスによる景気回復はなく、「賃上げ」で原価などコストアップとなり、不景気下のインフレがもたらされる、というのである。

 具体的に、「賃上げ」で先陣を切ったローソンの事例で考えてみたい。

 ローソンはボーナスを3%上げ、内部留保を原資に4億円を充当する、としている。

 ボーナスの原資となるローソンの内部留保、つまり(繰越)利益剰余金は1165億円(12年11月)かなり高水準、巨額の利益剰余金である。

 利益剰余金は、もともと稼いだ利益を社員たちに給料・ボーナスで報いるか、株主たちに配当などで報いるべきところを我慢してもらったから、残ったおカネだ。利益剰余金は、かつての高度成長期には、設備投資などに充当されたのだろうが、いまはそれもない。

 ひたすら利益を膨大に計上して、ひとり会社に「分配」したおカネである。

 ところで、ローソンの3%ボーナス増の4億円だが、同社の利益剰余金1165億円のたった0.34%にすぎない。ローソンがせっせと蓄えてきた巨額な利益の1%以下のおカネをボーナスとして社員たちに還元する――。

 確かに、他の大企業の“様子眺め“に比べれば、先んじたローソン・新浪剛史社長の決断はほめられてよい。

 だが、実体からみれば、利益剰余金の0.34%の「賃上げ」は、少し恥ずかしいというか、少なくともあまり威張れたものではない。それも一方の事実である。

 このニュースのなかで、新浪社長が前面に出なかったのは、新浪社長のスマートさから、ではないか。

 そうしたいまの「賃上げ」の事実から見て、コストアップによるスタグフレーションが起こるだろうか。それはどこから考えてもありえないに違いない。

 景気回復が先か、「賃上げ」が先か、確かに巨額の利益剰余金があるとしても、経営サイドとしては悩ましい問題だ。

 「気」は変わったが、「景気」は厳しくいえばまだ気迷い段階――、そんなこんなでこの如月も暮れようとしている。(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 08:54 | 小倉正男の経済コラム
2013年02月09日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスは「賃上げ」をもたらすことができるか

小倉正男の経済羅針盤 コンビニ大手のローソンが、グループ社員3300人を対象に新年度年収3%引き上げを決めた。安倍晋三総理は、「こういう動きが相次いでくれることを期待している」と発言――。

 ローソンの年収アップは、20歳代後半から40歳代の子育て世代の社員の労働意欲を引き出すのが狙いで、賞与を増額する。

 ローソンは、これを内部留保の取り崩しで賄うとしている。厳密には賃上げ、いまや「死語」だがベースアップではなく、ボーナスによる年収アップということになる。

 安倍総理は、経済諮問会議などで、「業績が改善している企業は、報酬の引き上げを通じて所得の増加につながるように協力をお願いしていく」と表明してきた。

 経済団体など経営サイドは春闘を控えており、一様にいわゆる賃上げにはNOという反応だ。しかし、アベノミクスは、あえて従業員の所得増加を呼びかけているわけである。

 ローソンの新浪剛史社長は、政府の産業競争力会議のメンバー、アベノミクスに賛同して年収アップを決断したとしている。確かに、国民の所得が上がらなければ、つまり懐が豊かにならないとデフレに向き合うことはできない。

 実体景気の回復は依然として底ばい状態。「隗より始めよ」、というローソン新浪社長の動きだが、景気の大底を叩いて、はたして上に離れる先駆けになれるか。

■「金融恐慌期」に降って沸いた「ナゴヤ景気=トヨタ景気」勃発

 10年前の2000年代前半のことだが、大手銀行など金融大再編成期、もっといえば「金融恐慌期」にあった。全国的に景気のドン底期、小泉純一郎内閣の時代である。

 しかしこの時期、トヨタ自動車のクルマがアメリカで売れまくり、現地生産だけでは足りず輸出も絶好調。名古屋港などは積み出し用のトヨタの新車で埋まっていた。

 トヨタは、断トツの日本一収益企業となったが、賃上げは頑として行わなかった。ただし、年を追ってボーナス増は促進した。

 「国内で稼いだわけではなく、アメリカで稼いだもの」。それがトヨタの賃上げゼロ回答の理由だった。
トヨタグループ基幹各社などの幹部社員は、「ウチとしては本当は賃上げしたいが、トヨタ本体が賃上げしないのだから、グループ企業が勝手に賃上げすることはできない」、と本音を漏らしたものであった。

 ところで、である――。だが、それでも降って沸いたように「ナゴヤ景気=トヨタ景気」が勃発した。

■「儲けた人」がおカネを使わないと景気はよくならない

 単純な話、「ナゴヤ景気=トヨタ景気」が勃発したのは、結果、トヨタグループがおカネを使ったからだ。

 身近なメディアに関連することでいえば、トヨタグループからTV、新聞、雑誌に広告が出るようになった。さらにこちらのほうがはるかにゴツいが、新本社ビルほかの事務オフィス、工場、研究棟、社員会館といった厚生施設などの新増設も相次いだ。

 賃上げこそなかったが、結果は大判振る舞いになった。

 トヨタ自動車を筆頭にトヨタグループは、利益を利益剰余金(トヨタ自動車=12兆円)、すなわち内部留保として膨大に貯めこんだ。しかし、それでも利益は残る。むざむざ税金に持っていかれるならと支出を増やした。ボーナスや新本社ビル、工場など新増設や広告増などで地域景気を中心に大きく貢献した。

 やはり、サプライサイドの企業が儲からないと、景気が持ち上がらない。賃上げまでいかなくてもボーナス増でも景気には、ひとつの大きなファクターになる。
俗にいえば、「儲けた人」がおカネを使かってくれないと景気は持ち上がらない。

 大恐慌に対するF・D・ルーズベルト大統領のニューディール政策は、立場によって毀誉褒貶が激しいが、企業サイドに賃上げを呼びかけたことは知られている事実だ。

 大統領の賃上げ呼びかけの政策は、評価や見方が大きく分かれている。

 連邦制が壁となり、政府の賃上げ呼びかけは浸透しなかった。あるいは、逆に政府の企業経営・賃金=市場経済への介入は、混乱を助長し経済の回復を阻害した、と。
いずれにせよ、結果として賃上げの要請は成功しなかった。

 やはり、企業収益が根本的に改善しなければ、景気は本質的にはよくならない。

 所得が上がらないから景気がよくならない、景気がよくないから所得が上がらない――。無間地獄のデフレ経済がまだまだ続く。「デフレ脱却」のアベノミクスの最終的な成否は、企業収益の本質的な回復を待たなければならない。(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 17:34 | 小倉正男の経済コラム
2013年02月03日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスはTPPにどんなスタンスを取るのか

小倉正男の経済羅針盤 TPPは新しい問題ではあるが、論点を絞っていけば、国内農業を保護するかどうかという話だ。

 農業の保護は、根の深いというか、選挙の票がからんでこれは旧い問題である。

 アベノミクスにとって,TPPは、ムシロ旗つまりは圧力団体の筆頭ともいえる農家を敵に廻すのだから、難問であることは間違いない。

 しかし、自由貿易主義は国是のようなものであり、いまや貴重な貿易収入を稼いでいる自動車産業など製造業にむげに不利益を押し付けるわけにはいかない。天秤にかけるまでもなく、TPPを避けて通る方策は採りえない。

 農業への規制を守り、競争をさせないで保護していくか、規制を緩和して競争原理を導入するか。どこからみても、このままで済むわけもないアジェンダである。つまり、外圧をテコにどう変化(=進化)させるか、という問題にみえないではない。

■穀物条例撤廃(1846年)とTPP(2013年)

 TPPというと、想起されるのは穀物条例(穀物法)撤廃である。

 イギリスが穀物条例を撤廃したのは、1846年のことだ。

 穀物、とくに小麦などの輸入を規制するのが穀物条例で、長らく輸入穀物には高い関税が課せられてきた。穀物条例撤廃は、産業革命が成功を収め、いわば、モダーン(=近代)が確立された時期に重なる。

 穀物条例撤廃は、経済学の歴史ではマルサスとリカードが論争したことで知られる。

 マルサスは輸入穀物に高関税を課した穀物条例を支持した。「安全は富より重要」――マルサスの論点は、いまもキーワードとして使われているものだ。リカードは、「高価なパン」の不効率性を突き、いわば自由貿易主義の立場から穀物条例撤廃を説いた。

 言い換えると地主階級と勃興してきた産業ブルジュアジーの利害対立があり、後者が勝利した。綿紡績などの産業ブルジュアジーは、主食である小麦など穀物が安くなれば労働者の賃金上昇圧力が軽減できる。

 それになにより、関税などの輸出・輸入の規制緩和は、産業ブルジュアジー、あるいはイギリスに大きな利益があった。フランスなどヨーロッパ諸国から穀物を輸入するが、綿紡績など産業革命の成果である工業製品をヨーロッパ諸国に輸出できる。

■TPPは何をもたらすのか

 TPPも、穀物条例撤廃がそうであったように詰めていけば、「(トータルで)どっちが得か」という問題である。アベノミクスというか自民党は、「聖域」がないとかあるとか、通用するかどうか判然としないが、テクニカルな伝統的な手法でTPPに「適合」していく意向にみえる。「TPPに参加しても、中身は変わらないようにする――」、と。

 しかし、TPPは何をもたらすのか。

 これも”アフター穀物条例撤廃”で考えてみたい。穀物条例で農業が保護されている時代は、「自給体制」が基本だから、イギリスは気候が合わないのにワインなどもつくっていた。

 さすがに、穀物条例撤廃以降は、ワインはフランスから輸入することになった。「比較優位」に委ねるというか、グローバルな「適地生産」になった。

 さらに、穀物条例撤廃は、意外なところにも影響を及ぼしている。興味深いのは、これ以降、イギリス国内から不動産高騰問題、すなわち土地問題がなくなった、といわれている。

 農産物の輸入増加は、「農地の輸入」であり、土地の需給を根本から変えたわけである。工場など製造業も海外に立地すれば、「工場用地の輸入」になる――。それと同じ理屈だ。

 TPPは、よかれ悪しかれ、そうした大きな化学反応を起こす可能性がある。

 アベノミクスは、「経済を取り戻す」という攻めのコンセプトを基本にしているが、TPPはどちらかといえば、外圧に近い。いわば守りのアジェンダだ。

 企業社会の危機管理(クライシス・マネジメント)事例をみていると、攻めに強い企業は守りに弱い特徴や傾向が否定できない。普段、強豪企業に攻められている弱い企業のほうが、不思議にもなんとか生き残る術を身につけている。

 アベノミクスは、TPPとどう「適合」していくのか。ひるがえっていえば、日本の農業がグローバル経済にどう適合し、生き残っていくのか。そこがTPPによって、不可避的に、突きつけられ問われている。(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』(PHP研究所刊)など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 16:12 | 小倉正男の経済コラム
2013年01月19日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスは規制緩和にどこまで向き合えるのか

小倉正男の経済羅針盤 アベノミクスでいえば、この先、経済の成長戦略、すなわち成長市場&企業の創出が大きなハードルとして控えている。

 成長企業の創出には、規制緩和がいちばんのテコだが、これがそう簡単ではない。ハードルどころか、絶壁に近い障害物が行く手を阻みかねないアジェンダである。

■規制緩和に立ちふさがる「絶壁」

 つい先日、最高裁は、医薬品(大衆薬)のネット販売を認める判決を出した。
厚生労働省は、省令で、医薬品は安全性の面から対面販売しか許可しない、という規制を行っていた。これが高裁、最高裁と相次いで否定された。

 しかし、厚生労働省といわゆる「族議員」たちなのか、次は法律をつくり医薬品のネット販売禁止に動くとしている。

 ここから透けて見えるのは、医薬品の対面販売を守るサイドの利害関係だ。

 これは邪推かもしれないが、対面販売の薬店を守ることで、業界団体に「天下り」などの利権もしっかり確保できることになる。

 議員も、自民党、民主党ともに、業界出身や業界団体から推薦されて、票をもらって当選してきた「族議員」が存在する。

 医薬品のネット販売ひとつ取っても、政・官・財の「既得権」の問題があり、一筋縄ではいかない。ハードルどころか、「絶壁」のようなものが大手を広げて立ちふさがる。

■サプライサイド強化を塞ぐ「護送船団方式」

 いま、医薬品販売では、医療用医薬品にしても大衆薬にしても、ドラッグストアチェーン店で購入するとポイントがもらえる。ポイントは、現金と同じことだから、ポイントが貯まれば、それで買い物ができる。

 お客にとっては、せめてもの競争だが、これを禁止しようとする規制がつくられようとしている。

 ドラッグストア以外の一般の薬店は、ポイントが出せない。いや出そうと思えば、出せるのだろうが、値引き販売になるとしてポイントを出さない。

 一般薬店をあくまで基準にして、ドラッグストアをそれに合わせようとする動きである。

 太平洋戦争のさなか、制空権が失われ、最速スピードの駆逐艦がスローにしか動けない輸送船を護衛することになった。駆逐艦艦長からは不満が出た。最速の駆逐艦がノロノロ運転では絶対矛盾、コンセプト無視もはなはだしい。

 話は横にそれたが、政・官・財の一部からは、そうした「護送船団方式」が当然のこととして沸いて出てくる。

 アベノミクスは、サプライサイド強化を謳っている。それは正当なことだが、サプライサイド強化の前提になる競争を阻害するのが「護送船団方式」だ。根強くはびこっている「護送船団方式」も、サプライサイド強化を塞ぐ障害ということになる。

■「座」を引きずる日本経済に切り込めるか

 実は、室町期どころではない。平安朝、あるいは奈良朝時代に「座」が発生したといわれている。

 代表的なのが、お酒である。お酒は、原料が人々の主食であるお米だ。お米が人々に行き渡るまでは、むやみにはつくれない「規制品」だったとみられる。

 しかし、都に膨大な人々が集まり、貴族や僧侶、商人などの富裕・有閑階級が生まれてくるとお酒の需要は大きくなる。寺社、地主、商人などがお酒の製造・販売に乗り出し、規制緩和が促進される。

 お酒は高付加価値商品であり、儲かる。お米で儲け、お酒にして儲け、さらにそのおカネで土倉(質屋・金貸し業)などに業容拡大する向きも生まれてくる。

 そうなるとお上のほうからお酒に税金を課して財政を賄う動きも出てくる。お酒の製造や出荷に税金を課し、その酒税コストを原価に上乗せして流通させろ、ということになる。

 酒税を払う業者もそれだけでは納まらない。
お酒の税金を膨大に負担しているのだから、新たにお酒の製造や出荷に参入する業者を許認可するかどうかは、既存の業者に決定させろ、という動きに出る。
おそらく、不況で市場が縮小したような時期に「新規参入権」を業界が握る権限を得ることになる。これが「座」である。

 いまの日本経済においても、中世の「座」が張りめぐらされた経済構造に似たようなところが否定できない面がある。競争や新規参入は歓迎されず、新陳代謝は進まない。そして誕生してくる新規企業も多くはなく、ビジネスモデルも横並びのものが一般的だ。

 これでは成長戦略を根付かせること自体が難事だが、規制緩和のテコ入れで成長市場、成長企業をつくるしか手はない。

 アベノミクスは、この先、成長戦略、つまりは成長企業の創出に歩を進めなければならない。アベノミクスは、規制緩和をテコに、停滞を呼んでいる日本経済の根本構造にはたして切り込むことができるだろうか。これはおそらく「アベノミクスの崖」といえるクライシスゾーンにほかならず、アベノミクスにとって最大の試金石になると予想される。(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』『日本の時短革命』など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 17:11 | 小倉正男の経済コラム
2013年01月01日

【小倉正男の経済羅針盤】アベノミクスは日本経済の新機軸たりえるか

小倉正男の経済羅針盤 明けましておめでとうございます。2013年が日本のみならず世界にとって、輝ける年になることをささやかながら祈っております。

 さて新年の焦点は、安倍ちゃんこと安倍晋三総理のアベノミクスの成否である。

 前回のコラムでは、安倍総理の決意について触れた。幸いにも、その決意は静かなうちにも相当に堅固に見受けられる。

 様々な艱難が待ち受けているだろうが、「経済を立て直す」という決意をブレずに持ち続けてほしいものだ。

 いまは第二次安倍内閣の発足当初で、国民の多くと「蜜月」状態にある。この「蜜月」は、時の経過とともに反動や飽きなども生じるのはしごく当然のことだ。

 しかし、(民主党のように)ブレて飽きられるよりは、ブレずに飽きられるほうがよいぐらいの強い気持ち(=強い諦念)で進んでいってよいのではないか。
国民は飽きやすいものだが、その決意が本物なら、立場を超えて、それを認める度量は持ち合わせているに違いない。

■アベノミクスがもたらすサプライズ

 アベノミクスに対して、当初、民主党は当然として、それらを筆頭にクロウト筋など多くが否定的だった。
「日本銀行の独立性を侵すのはいかがのものか」、「おカネの価値がなくなり、悪性のインフレをもたらすのでは」、あるいは逆に「お札を刷ってもインフレは起こらない」という旧来型というか、まっとうというか。半信半疑どころか、シロウトが何を言っているのか、という否定的な議論が圧倒的だった。

 安倍総理は経団連との会合で、「日銀に大胆な金融緩和を求める。大胆な金融緩和で円高を是正するのは当然のことだ」という立場を述べた。

 経団連はその後豹変するが、やはり当初はアベノミクスに半信半疑だった模様だ。しかし、安倍総理は、「日銀と政策協定を結び2%のインフレ目標を設定する。日銀にもインフレ目標の達成に説明責任を持ってもらう」と言い切った。

 政策協定では、日銀の説明責任も明記するというのである。これは「アベノミクスのサプライズ」というべきだろう。

■景気・雇用に責任を持て――日銀にデフレファイターへの大転換を要求

 確かに、これはアベノミクスの新機軸というべきものかもしれない。

 日銀は、自分たちの使命は「インフレファイター」(物価の番人)という伝統的な『呪縛』に頭が縛られていた面がないとはいえない。20年にわたり長期のデフレが続いているのに、ディスインフレ論とか、デフレは敵ではない、という旧態依然の骨盤を持っていた。

 しかし、アベノミクスでは、日銀に「デフレファイター」への大変身を求め、しかも景気、さらにその結果である雇用にまで責任を持て、と180度の大転換を求めている。

 以前のあの「不動産バブル」、そして「バブル崩壊」の断末魔では、当時の三重野康・日銀総裁が金融総量規制を行い、それを「平成の鬼平」とメディアの一部などが賞賛した。

 しかし、バブル崩壊後の20年に及ぶに日本経済の低迷、つまり「失われた20年」をもたらした面が否定できない。

 景気や雇用に責任を持ち、目配りしたものだったか。「大人の金融政策」といえるものだったのか。

 不動産バブル、インフレを潰せば、(身綺麗な)自分たちの使命は終了――、確かに世の中はそれでは済まない。バブルを潰した後の景気や雇用に責任を持つのが大人の使命ではないか、ということになる。

■なんとしてもなしとげる、という決意

 アベノミクスが問うているのは、そうしたことではないか。しかし、逆にアベノミクスもそうしたことを問われることになる。
アベノミクスは、「はたして大人の経済政策か――」、と。

 かつて経営の神様といわれた松下幸之助は、なんとしてもなしとげる、という気持ちがカイゼンを含めて商品の新機軸を生み出すと語っている。

 「なんとしても二階に上がりたい。どうしても二階に上がろう。この熱意がハシゴを思いつかせ、階段をつくりあげる。上がっても上がらなくてもと考えている人の頭からは、決してハシゴは生まれない」

 安倍晋三総理のアベノミクスは、死に瀕している日本経済に新機軸を蘇らせ、立て直すことができるか。アベノミクスは、すでに昨年末に誰も予想しなかった円安、株式回復を超スピードで実現した。第一弾は上々である。

 あえて呼ばせてもらうが、安倍ちゃんにはいま、なんとしてもなしとげる、という決意がひしひしと見られる。艱難や試行錯誤はあるだろうが、その決意で二階=「日本の経済を取り戻す」ハシゴをかけてほしいと思うのは少なからぬ人々の願いにほかならない。日本の命運・盛衰は、ひとえにアベノミクスの成否に託されている。(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=東洋経済新報社・金融証券部長、企業情報部長などを経て現職。『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』『日本の時短革命』など著書多数)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 10:56 | 小倉正男の経済コラム
2012年12月17日

【小倉正男の経済羅針盤】「アベノミックス」の成否は安倍総理の決意次第

小倉正男の経済羅針盤 時の人は、いま何といっても、安倍ちゃんこと安倍晋三だ。

 時のトップリーダー(総理)が、日本経済の行方を決定する。政治は、経済の有り様、つまりは盛衰を左右する。新総理となる安倍ちゃんには、その責任がズシリとのしかかる。
安倍ちゃんの自民党に国民の投票が集まったのは、金融の超緩和、円安の促進・定着などにみられる経済政策=「アベノミックス」への期待にほかならない。「美しい国」などの空文句だけでは選挙に足を運ばなかったに違いない。

安倍ちゃんに求められるのは「決意」

 安倍ちゃんにいま求められるのは、経済をよくしたいという「決意」だ。その「決意」さえ本物ならば、知恵(経済政策)は追いかけてくる。

 かつての小泉(純一郎)さんの場合は、竹中平蔵氏がブレインとなり、規制緩和を推し進めた。規制緩和による競争(新規参入権)を伴う経済政策は、既得権益を激しく掘り崩すことなる。

 「自民党をぶっ壊す!!――」。既得権益にどっぷり浸かった自民党に亀裂を生じさせた。

 小泉さんの景気回復に対する決意に規制緩和という知恵が追い着いてきたわけである。

 安倍ちゃんの決意が揺るぎないものならば、円安定着、新産業の育成などによる景気回復への知恵(経済政策)は後から集まってくるだろう。
それこそ、揺るぎのない決意で、『日本を取り戻す』政策を打ってほしいものだ。

■アベノミックスとレーガノミックス、注目の「誕生権経済」

 アベノミックスで思い出すのは、レーガン大統領時の「レーガノミックス」だ。アメリカ経済の最悪時に、金持ち減税(ただし、キャピタルゲィン課税は強化)を行った。当時は、呪術めいた『ブードゥ経済学』と非難されたものだ。

 レーガンが打ち出したのが、新しい雇用を生み出すための「誕生権経済」(バースライト・エコノミー)だ。誕生権経済で新産業(スモールビジネス)の市場参入を強力に促し、新産業が生まれ成長することを支援した。スモールビジネスとは、日本でいうベンチャー企業に近い意味を持つ。新産業が生まれ育ってくるということは、衰退に瀕した旧産業(旧来型ビッグビジネス)が死ぬことを促進する。

 「誕生権経済」は、イコール旧産業の「死亡権経済」だった。要は、規制緩和を進め、競争を促進し、いちかばちかで経済のテコ入れを行った。思い切ってアメリカ経済の主役交代=新陳代謝を図ったわけである。このテコ入れ策が、後のクリントン大統領時代の「強いアメリカ」の礎をつくった。

 安倍ちゃん、アベノミックスにいま求められるのは、そうしたことではないか。安倍ちゃんが選挙に勝って、ゼネコンなど土建株や電力株が上がるでは、自民党が旧態依然の存在であることの逆証明にほかならない。

 もちろん、土建株などが上がってよいのだが、規制緩和などでイノベーションを伴った新産業群が勃興するようになれば、それこそ安倍ちゃんは時代に求められた宰相に変化する。日本経済のドン底期にトップリーダーを担った安倍ちゃんには、そうした宰相になってもらいたいものである(経済ジャーナリスト&評論家・小倉正男=早稲田大学法学部卒、東洋経済新報社金融証券部長などを経て現職)
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 09:46 | 小倉正男の経済コラム