
平成18年12月に改正貸金業法が成立した。改正のポイントは、「上限金利を利息制限法まで引き下げる」、「貸付額を年収の三分の一までに規制する(総量規制)」の2大柱だ。
改正貸金業法が議論された際旧金融庁サイドは、改正貸金業法成立に向けてヒステリックなまでに執拗に世間を煽り立てた。その動きに敏感に反応したマスコミ等はキャンペーンを組みクレサラ系弁護士の発言を中心に大きく取上げ「多重債務の撲滅」を謳っていた。
一方、冷静な評論家、経済学者は当時、こうした改正議論に異論を唱えていたが、あるアナリストが言っているように、「ヒステリックに、バランスを欠いた議論が支配する空気では、異論は無視・封殺されるばかり」であった。
しかしである、もともとなぜ年収の三分の一なのかというの根拠の乏しい総量規制という貸付制限や、上限金利の引き下げでリスクテイクできなくなった債務者をどのように保護するのか等、事前に方策を講じないまま完全施行されることになったこともあり、最近になって疑念を抱く意見が日増しに多くなってきたようだ。
この動きは当然の成り行きだろう。総量規制の三分の一と言う線引きが、何の資料(経済指標)を基にしたものなのかは定かではなく、金利規制に至っては世界に類を見ない低さだ。まして、「過払い金」を「不当利得」と表現した司法の判断にはなおさら疑問符が残る。貸金業法改正を巡る様々な過程には、立法・行政・司法の三権分立という「憲法」の原則さえも侵しかねない横暴が罷りとったのだから。
国内消費者金融から撤退した外資の関係者は「日本の司法は共産党の影響が強い。そして司法が強大な力を持ってしまった。これでは資本主義は保てない」と撤退を決めたという。
さらに驚くことに、改正貸金業法が議論されていた当時、改正へ向けヒステリックに旗振りした面々が、今頃になって他人事のような発言を繰り返していることだ。改正への推進役の張本人であった五味金融庁長官(当時)も「あれはやりすぎた」、「完全施行には何らかの『激変緩和措置』が検討されるべき」などの発言を繰り返し、後藤田正純議員(当時金融庁の政務官)にいたっては「銀行がやっていないことをやっているのだ。資金を供給して利用者を救済するように」などと呼びかける始末だ。いまさら何を怯えるのか?
現在金融庁では、冷静な議論を呼びかけるために、貸金業法の附則にある「見直し」規定に基づき、「貸金業制度に関するプロジェクトチーム」を立ち上げ、毎週のように議論を重ねている。
3月には国内景気も二番底を迎えるのではとも言われ、戦々恐々だ。旧政権、旧金融庁の最大の駄作とさえ言える「貸金業法」をいま見直さない限り、日本の金融システムは崩壊しかねない。まさに断末魔の瀬戸際に立たされているといっても過言であるまい。このまま、旧政権の遺産を完全施行した途端、「現政権へ思わぬとばっちり」が・:・・・、それは火を見るより明らか?な状況だ。
一部弁護士、司法書士が暴利を貪るために用意された(?)平成18年の過払いの最高裁判決、その上に乗っかった改正貸金業法の成立、納得できないシナリオが大胆に展開されるのは、いまや仕方のないことなのだろうか。
提供 日本インタビュ新聞社 Media-IR at 10:47
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