似た格言に、『一度に買うは無分別」』があります。相場はなかなか自分の思ったとおりにはいかないものですから、売買は何回かに分けて行ないなさいと戒めています。投資家に、そうとうの自信があったとしても、相場は常に変化して動いていますので、昨日までは強い材料であっても、今日の相場には織り込まれて、強い材料とはいえなくなっている場合が多いのです。ましてや、昔と違ってネット取引が活発な今日では数分単位で強弱感が変化しますからなおさらです。
投資家はどんなベテランであっても、売買という実際の行為に直面すると、それまでの冷静さが失われ、売買を急ぐ心理が働きます。不思議です。
その理由としては、
(一)熱心な相場研究、銘柄研究によって、絶対に大丈夫と過剰な自信を持つ
(二)努力したのだから少しでも他人の先を越したい
(三)努力したのだから、早く、そして少しでも多く儲けたい
といった心理が働くためです。努力して研究し、「よし」と思ったところが危ないということです。それなら研究なんかする必要がないということにもつながりかねません。
しかし、研究は絶対に必要です。要は、研究に打ち込んでいる間にも相場環境は変化しているので、数回、最低でも2回に分けて売買しなさいと教えているのです。昔の戦争映画などを観ていますと、数人の斥候を出して敵の様子をうかがいます。斥候が帰って来なければ敵がいるのです。一度に多くの兵を出すと全滅の恐れがあります。株式売買も戦いですから、一度に大量の注文を出すのでなく、斥候を出すように少なくとも2回くらいに分けて行うべきです。
経営においても新製品を出す場合などは似た戦法をとります。筆者が担当していた日清食品の当時の安藤百福社長は新しい即席ラーメンを出す時は必ず九州から発売して様子を見ていました。いきなり、大消費地の大阪や東京で売り出して失敗することを避けるためでした。食品に限らず新商品を出す場合、地方で売り出して反応をみるのが普通です。新製品に長い時間と費用をかけ、そうとうの自信があったとしても企業は慎重に臨むのです。われわれ個人も大いに見習うべきだと思います。























誰にも平等な時間ですが、同時に誰にも容赦なく過ぎていきます。今、良いと思うビジネス、今、良いと思う銘柄であっても次の瞬間、姿、形を変えてしまうものです。とくに、企業では規模の大きい額の設備投資や個人投資家のまとまった株投資は、時間を味方にしないで敵に回すと、企業なら経営不安、投資なら大損の恐れさえあります。
テレビの刑事ドラマでは、ベテラン刑事が若く元気のよい刑事に最初から決めけるなと戒めるシーンに度々お目にかかる。いうまでもなく、ベテラン刑事は多くの事件に触れ経験豊富なことから勘が鋭く直感から結論を出したくなるもの。そのベテランが現場100回の基本を大事にするというのである。
外国には、「見詰めるナベは煮えない」という教えがあるそうです。日本でも「あわてる乞食はもらいが少ない」、「モチは貧乏人に、魚は金持ちに焼かせよ」といった伝えがあります。餅のように焦げやすいものは、せわしくいつもひっくり返して焼かなくてはいけないが、魚はじっくり焼くことが大切ということのようです。もっとも、最近は、餅でもレンジで時間をセットしておけばよいので、ひっくり返すことはありません。格言、教えも時代とともに変わってきています。それでも、外国にも似たような教えがあるということは参考になります。
野球でもそうですが、スランプは突然、来るものです。自分では調子の良かった時のままの気持ちでも、どこかが狂ってズレているのです。知らず、知らず、ヘッドアップしたり体重移動がうまく行かなかったり。要はリズムが狂っているのです。このように打撃のリズムが狂ったときは、ボールを遠くへ打つ練習ではなく、バットを短く持ってトスバッティングといわれる練習をします。遠くへ飛ばすことより、バットの芯へ、しっかり当てる練習です。ボールをしっかり見ることができるようになり、ヘッドアップは直ります。
我々は車と言うと、エンジンの大きさがどれだけでスピードがどれだけ出るかに関心がいくものです。しかし、忘れてならないのはブレーキの存在です。止まってくれるから安心して車を走らせることができるのです。
売上より利益という見方はあります。赤字を出してまでの売上は意味のないことですから利益が大切なことは分かります。でも、今は赤字でも数年先には大変な黒字になるなら今時点の成績は大いに評価できます。
商売なら良い品を納得価格で提供すれば買ってもらえますが、株はそうはいかないところに難しさがあります。よく目にする例が好決算を発表したのに買われないというケースです。逆に、下げる場合も見受けられます。新商品なら、似たものを持っていたとしてももう一つ買ってみようということはありますが、株の場合は買い増しということに繋がらないことがあります。
相場では、「地合いが好い、悪い」と使うことが多い。分かっているようで掴みどころのない説明し難い言葉である。初心者が、「今日は地合いが悪いからだめだ」などと説明されると、分からないまま、「そういうものか」と納得してしまう。相場の風・雰囲気・場味・ムードのようなもので残念ながら相場を始めてすぐに分かるものではなく、あるていどの期間、売買の経験を積まないと体得できない。
死を恐れない人なら、時間を超越した生き方、考え方もできるでしょう。しかし、われわれ通常の人間、あるいは地球上に生きるすべての動物、植物は与えられた時間の中で生きているのです。それぞれの生き物に与えられた寿命というものがあるはずです。そして、今の1秒ずつを刻んで生きているのです。
監督は、今日のゲームで調子のよい選手を起用することにもっとも神経を使うそうです。そのため、選手より早くグランドに入って、選手の細かい動きを見落さぬよう努めるそうです。調子の良い選手を起用しないとゲームに勝てないため、時には、主軸選手でも控えに回すこともあるのです。
野球でも、サッカーでも、マージャンでも勝負ごとには1度や2度は、明確な裏づけはないが、なんとなく、「いけそうだ」という雰囲気が到来するものです。
古くより、「麦わら帽子は冬のうちに買え」と教えられてきました。先を読んで投資しなさいという教えは間違いではないと思いますが、社会の変化が激しい今日、先を見通すことは難しい時代です。
甲子園の高校野球のように熱戦で勝敗は明日にも持ち越し再試合というケースもある。それはそれで身を乗り出すものだが、野球でもサッカーでもマージャンでも勝負事というものはその日に白黒をつけるのが基本である。もちろん、企業経営は表面では勝負事ではないが、根っこのところはやはり好むと好まざるにかかわらず社会との間で勝負させられている。結果、四半期ごとに成績を公表する。
公共の乗り物は時刻表による運行が行われています。株式市場も国民の大切な公共財産ですが、乗り物のように運行表はなく運行・運用は各自の判断にまかされています。行く場所とでも言うべき投資先銘柄を自ら決め、乗り降りに当る時刻も自らが設定します。
落城とは、言うまでもなく戦いに敗れて城を明け渡すこと。峠とは、ここでは「フシ」「転機」と受け取ってください。安峠は底値、高峠は天井の意味です。これも当たり前の話ですが、戦いには必ず相手がいるのですが、しかし、株式投資については、「自分で銘柄を研究して投資をするのだから相手は関係ない。戦いがあるとすれば自分の欲との戦い」と思われている方も多いことでしょう。確かに、最終的には自分の欲との戦いですが、実際には欲があろうとなかろうと投資家はマーケットという戦いの場にさらされているのです。弓矢や砲弾こそ飛んできませんが、投資家の「欲」につけ込んだ心理戦なのです。
「押し目買いに押し目なし、戻り待ちに戻りなし」とも言います。相場というもの希望した通りには動いてくれないものです。
気に入った苗木を買ってきて、身近な庭に植えると、毎日眺めて、まだ大きくならないのかと気をもむばかりです。ところが、山に植えると、いつも眺めることはできないので、時折、行ってみると、いつの間にか大きく育っていることに驚くということから、大事なものを育てるときは、ゆったりとした気持ちでのぞむのがよいという教えです。
1度、儲かったくらいで大喜びしない。反対に、1度、2度損したくらいで落ち込むなという教えです。ひとことで言えば、株式投資には一喜一憂しないことが大切ということです。








