浅妻昭治のマーケット・センサー

この「三重苦」の一つとして忌み嫌われた公募増資は、ちょっと信じられないだろうが、かつては格別の買い材料として評価された時代があった。公募株を入手すれば、払い込み前後に発行会社と幹事証券が、タッグを組んで株価を吊り上げるのが恒例だったから、小遣い稼ぎくらいは余裕であった。だから「ファイナンス高」などとする相場用語が生まれ、「ファイナンス含み」と観測されるだけで、株価が急騰するケースも少なくなかった。
ところが、公募終了後に株価が急落し、発行会社が株主への利益還元公約を無視する「食い逃げ増資」が横行して人気は急速に凋落した。代わって「ファイナンス高銘柄」として浮上したのが、転換社債・ワラント債の発行会社である。これも発行会社と幹事証券がツルんで、転換価格・行使価格を上回るように仕向けて転換・行使促進を図ったからアッという間に急騰し、高回転した。ところがスイス・フラン債などの発行ラッシュで、割り増し発行費用の「ジャパン・プレミアム」を追加され、さらにバブル経済崩壊で発行企業の「3つの過剰」を招いたと元凶視されたものだから、発行会社数は大幅に後退した。
それでも「ファイナンス高銘柄」のタネは尽きない。次に登場したのは、IPO(新規株式公開)株である。NTT(9432・東1)の第1回目の政府保有株放出の高人気の連想や、ITバブルの追い風で、公開価格を2倍、3倍、4倍も上回って初値を形成するIPO株が続出した。しかしこのIPOバブルも、ライブドア事件の「ホリエモンの祟り」で崩壊してしまい、現在では個別銘柄ごとに取捨選択とシビアな対応に一変してしまった。株式市場も、「フリー、フェア、グローバル」の「日本版ビッグバン」が浸透しすぎて透明化し、公募増資銘柄は、株主価値を希薄化するとして当然のように売られることになった。
しかし「水清くして魚棲まず」の感なきにしもあらずである。「ファイナンス高銘柄」が横行していた時代の方が、活況が続いて株価材料もバライティに富んでいて、投資家層も老若男女、富裕層からゴミ投資家まで厚みがあったのではないだろうか。現在の上海市場などの新興国の株式市場が、ちょうどそんな感じだ。東京市場のように株価材料が一方的で、売り手と買い手も限定されていては、年末に想定される四重苦相場では、誰も新興国市場のようには「出口戦略」は描き切れない。
しかし落ち込んでいても始まらない。気を取り直して今年の相場の損を少しは取り戻せるように「トウ尾の一振」銘柄を探さなくてはならない。多分、市場参加者が限られるなかで、少ない資金で大きく動く銘柄がターゲットになるとすれば、浮動株比率の小さい銘柄がこの有力候補になる。なかでも今年のIPO(新規株式公開)株は、同ランキングの上位に顔を並べる銘柄が多い。公開順にソケッツ(3634・M)、常和ホールディングス(3258・東2)、クックパッド(2193・M)、シーボン(4926・JQ)、SHOーBI(7819・JQ)などで、うまくすればクックパッドやソケッツのように、同じファイナンスでも株式分割の恩恵に浴さないとも限らない。兜町もこの際、「赤信号 みんなで渡れば怖くない」と割り切って、小浮動株比率銘柄で四重苦相場の一点突破の合意(コンセンサス)形成を図るならば、案外、相場になるかもしれない。